付喪神つくもがみうた

【11〜20】




「扇子」
広げると微かに香の匂いがした
握った手で
夏の光が華奢に揺れた
帯に挟まれ 夢見ていた
あの夏も この夏も
夢はいつも
扇形に開く
そして
花も太陽も
半分陰って 思い出を揺らし続ける


「鞄」
牛革製の
黒い大きな鞄があった
開け口は広く
いつもぱんぱんに膨らんでいた
何でも入りそうだった
だけど 鞄は
物置の奥で固く口を閉ざしている
昔 旅行に行ったまま帰らなかったという
曾祖父の鞄
今は誰も開こうとはしない


「寸分バイオリン」
楽器は
夜ごとに弦を鳴らす
ああ 初めて我が首を握った手
松脂の化粧を施して
弓を滑らせた小さな手
幾度変われど
あどけなき日の半分は我に刻まれ
その魂は
我が響きの中に練り込まれている


「レコード」
刻まれた声は同じ所を回っている
閉ざされた時間は
盗まれたおまえは
円盤の中で循環している
再生する度に傷付いて
砕かれるなら
飛ばせない針の悲しみを
俺が
手動で飛ばしてやる


「毛布」
巻き付けていた
握ったり すり寄せたり
包まったり
掛けたり 敷いたり 丸めたり
抱き締めたり 枕にしたり
気付けばぼろぼろ
おまえを包んで逃げようか
家人が俺を捨てると言ってたから
別れる前にもう一度
その体に触れさせてくれ


「マッチ」
様々な絵の付いた小箱に
詰められたまま
灯せない思い出は
どこに行くのだろう
燃やせない情熱は
シュッとマッチを擦る音と
火を囲む貴方の手の
気障な仕草が
褪せたフィルムに浮かんで消える


「紙芝居」
俺は子ども達の人気者
いつだって 笑い声に囲まれていた
感動して泣く子もいた
俺はただの薄っぺらな紙じゃない
心を走る
空想という列車の窓なんだ
人の景色が変わっても
紙が擦り切れても
俺は
千秋楽のない芝居を上演し続ける


「風鈴」
軒先で揺れていた
涼やかな音
鉄で出来た三連の
鳴子が響く
飛行機雲が尾を引いて
すべてが溶かされていった夏
遠雷は遥か
思い出の中で
置き去りのまま
晩鐘は 今も
燃える茜に響き合う


「格子戸」
裏庭に続く道
いつも そこで立ち話をしてた
夕暮れに茜刺す君の頬を見つめ
別れがたくて
忘れがたくて
刻み付けた君の徴
今はもう
開かない格子戸の隙間から
覗いてる
君の手が縋り付く


「珠暖簾」
台所の入り口に掛かっていた暖簾
木製の玉を連ねたそれは
少し重くて
潜る時も
揺れた時も
からんと乾いた音がした
――ここにいるよ
おまえの中に
敷居を跨いで頭を振れば
遠い記憶がからんと鳴るさ